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東京地方裁判所 平成9年(ワ)3786号 判決

原告 株式会社富士銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦

同 廣田壽徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

同 若林茂雄

右訴訟復代理人弁護士 上田淳史

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 松本博

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一億一〇六七万六六一三円及び内六九〇〇万円については平成二年六月一五日から、内二九〇二万〇五五三円については平成七年六月一〇日からそれぞれ完済まで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六三年六月二〇日、被告との間で、銀行取引約定を締結し、これに基づいて、次の通りの金員を貸し渡した(以下「本件貸付」という。)。

(一) 貸金(一)(証書貸付)

(1) 貸付日 昭和六三年六月二〇日

(2) 貸付金 三〇〇〇万円

(3) 弁済期 平成一〇年六月三〇日までの分割弁済

(4) 利息 年五・四パーセント(年三六五日の日割計算)

ただし、平成二年六月二〇日以降は年八・九パーセント

(5) 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(二) 貸金(二)(証書貸付)

(1) 貸付日 昭和六三年六月二〇日

(2) 貸付金 五〇〇万円

(3) 弁済期 平成七年六月二〇日までの分割弁済

(4) 利息 年五・四パーセント(年三六五日の日割計算)

ただし、平成二年九月一一日以降は年八・九パーセント

(5) 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(三) 貸金(三)(手形貸付)

(1) 貸付日 昭和六三年八月二二日

(2) 貸付金 一〇〇〇万円

(3) 弁済期 昭和六三年九月二二日(ただし、その後手形の書き換えが行われており、最終的には平成二年六月一四日となった。)

(4) 利息 年七・五パーセント(年三六五日の日割計算)

(5) 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(四) 貸金(四)(手形貸付)

(1) 貸付日 昭和六三年九月二九日

(2) 貸付金 五〇〇〇万円

(3) 弁済期 昭和六三年一〇月二九日(ただし、その後手形の書き換えが行われており、最終的には平成二年六月一四日となった。)

(4) 利息 年七・五パーセント(年三六五日の日割計算)

(5) 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

(五) 貸金(五)(手形貸付)

(1) 貸付日 平成元年七月一一日

(2) 貸付金 九〇〇万円

(3) 弁済期 平成元年八月一一日(ただし、その後手形の書き換えが行われており、最終的には平成二年六月一四日となった。)

(4) 利息 年七・五パーセント(年三六五日の日割計算)

(5) 損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)

2  原告と被告は、前記銀行取引約定において、被告が原告に対して負担する債務の一部でも遅滞した場合には、原告の請求によって被告が一切の債務の期限の利益を喪失する旨合意した。

3  被告が、貸金(一)について平成二年六月三〇日以降の、貸金(二)について同年一一月二一日以降の弁済を怠ったので、原告は、平成七年六月三日到達の書面をもって、同月九日までに延滞債務を支払うよう催告した。

4  よって、原告は、被告に対し、金銭消費貸借契約に基づき、貸付金残元金合計九八〇二万〇五五三円(貸金(一)については二五五〇万円、同(二)については三五二万〇五五三円、同(三)については一〇〇〇万円、同(四)については五〇〇〇万円、同(五)については九〇〇万円)、未払利息合計一二六五万六〇六〇円(同(一)については平成二年六月三〇日から平成七年六月九日までの分である一一二二万九三六一円、同(二)については平成二年一一月二一日から平成七年六月九日までの分である一四二万六六九九円)及び残元金の内六九〇〇万円については平成二年六月一五日から、内二九〇二万〇五五三円については平成七年六月一〇日からそれぞれ完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は否認する。

2  同三のうち、原告主張の書面が到達したことは認めるが、その余は否認する。

三  抗弁

本件貸付は、いずれもB(以下「B」という。)に対する貸付であり、貸付先名義人が被告とされているのはBに対する金融の方便としてされたものである。

そして、このことは原告も十分に承知していたのであるから、通謀虚偽表示として、あるいは民法九三条但書きの適用ないし類推適用により、本件貸付の効力は否定されるべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  〈証拠省略〉並びに被告本人尋問の結果によれば、次の通りの事実を認めることができる。

1  Bは、昭和五〇年代終わりころから原告の本店総務部と関わりを持ち、原告から頼まれ事をしたり、ゴルフ等の接待を受けたりする関係にあったところ、昭和六三年六月ころ、原告の本店総務部を通じて原告の方南町支店に対して三〇〇〇万円の融資を申し込んだ。

このとき、Bには担保となるものがなく、原告からもこの点について指摘されたため、Bは、不動産を所有し、当時男女関係にあった被告に借主として名義を貸して欲しいと依頼し、その了承を得た。

なお、被告は、右当時、夫と離婚してスナックを経営していたが、借入金の返済もあって、収入としては月に二〇万円程度しかなかった。しかし、Bが原告の本店総務部と特別な関係を有しており、その関係で融資が簡単に受けられるものと信じ、ただ融資の形式を整えるためにBの代わりに被告が借主になるものと考えて名義使用を許諾したものである。

2  そして、Bは、原告の方南町支店との間で、融資額、弁済期、弁済方法、利息をどうするかといった融資条件に関する交渉を自ら行い、最終的には、被告を借主とし、Bを連帯保証人として貸金(一)及び(二)の貸付を受けることとした。

なお、貸金(一)の資金使途はBに対する転貸金とされ、同(二)については、被告が担保として提供する不動産に付された担保権等を抹消するための肩代わり資金とされているが、原告は、原告からの融資金を必要としていたのが専らBであることも、右融資金についての分割弁済資金を用意するのがBであるとも認識していた。

また、原告の方南町支店では、被告やBとはさしたる取引をした経験がなく、貸金(一)の返済原資としてはBからの回収金を、貸金(二)の返済原資としては被告のスナックでの収入をそれぞれ考えていたというのにもかかわらず、右担保不動産の評価について検討し、被告のスナックの売り上げが年に一〇〇〇万円程度あるという話を聞いたのみで、それ以上に、被告やBの資産や返済能力の有無、被告やBがどのような事業を行っているのか、Bは融資された金員をどのように利用しようとしているのか、被告とBとの関係といった事柄について具体的な調査をすることもなく、被告やBがどのようにして返済していくのかといった返済の具体的な見通しを立てることもないまま、僅か一〇日足らずの短期間のうちに右融資を決定した。

3  被告とBは、昭和六三年六月二〇日、原告方南町支店を訪れ、銀行取引約定や貸金(一)及び(二)に関する書類を作成した。

このとき、貸付金を管理するための普通預金口座を新たに被告名義で開設したが、被告がその通帳を受け取ることはなく、Bがこれを原告から受け取って、持ち帰った。

そして、原告は、右口座に三五〇〇万円を入金した。

4  Bは、昭和六三年八月二二日、同年九月二九日及び平成元年七月一一日の三回にわたって原告方南町支店に対し、事業資金としてそれぞれ一〇〇〇万円、五〇〇〇万円及び九〇〇万円の融資を電話で申し入れ、いずれも即日、これまでと同様に、被告を借主として、手形貸付の方法で貸金(三)ないし(五)の貸付を受け、原告は、右各貸付金を前記口座に入金した。

これらにおいても、Bは、被告の名義を借用することの承諾を得て、被告と共に原告方南町支店を訪れ、手形に署名するなどしたのであるが、原告は、融資金を必要としているのが専らBであることを認識していたし、特に貸金(四)の貸付の際には貸金(三)が、また、貸金(五)の貸付の際には貸金(三)及び(四)がいずれも約定通り返済されていないにもかかわらず、さしたる審査もしないまま右各貸付を実行した。

5  本件貸付に対する返済は平成二年六月三〇日から滞るようになったが、原告はBに対して請求をするばかりで、平成七年六月ころまで、原告から被告に対する請求がされたことはなかった。

二  右認定の事実によれば、本件貸付は、実際にはBに融資を得させる目的で、被告において、借主として自己の名義を使用することをBに許諾し、原告に融資を行わせたものと認めることができる。

なお、証人Bの証言中及び被告本人尋問の結果中には、被告が原告に対する関係で債務を負っていることを認識していたともとれる部分が存しないではないが、同人らの証言等を全体としてみれば、右のような部分が存するからといって右認定を覆すとは解されない。

そして、原告が、本件貸付を必要としていたのがいずれの場合においても専らBであり、これに対する弁済資金を用意するのもBであることを認識していたこと、本件において、原告は、さしたる調査もしないまま、短期間のうちに融資を決定し、僅か一年余りの間に合計一億円余りを次々と融資実行していたものであるが、これは、もともと原告の本店総務部とBとの間の特別な関係に由来するものであることが窺われること、原告は、担保として提供された不動産は別として、被告の資力を重視してはいなかったこと、本件貸付において被告の名義が使用されたのは、専ら担保物件を有しないBには融資ができないという原告の内部的制限を潜脱しようとするものであったことが窺われること、本件貸付に対する返済が滞っても、相当な期間が経過するまで被告に対する請求すらなされなかったことからすれば、本件貸付当時、貸主である原告において、名義上の借主である被告が弁済することを真に期待していたとは評価し難いのであって、原告としても、被告が名義をBに貸したにすぎず、自らは債務を負担する意思を有していないことを知っていたものと認めるのが相当である。

ところで、本件においては、本件貸付が原告と被告との間において成立したと認めることができるか否かについては争いがあり、特に、本件の貸付金が入金された口座の通帳をBが管理しており、原告もこの事実を承知していたことが窺われることからすれば、要物性の点からも問題があると解されるが、仮に、原告と被告との間における消費貸借契約の成立を認めることができたとしても、右のような事情からすれば、原告は、被告に対する関係においては、消費貸借契約上の貸主として法的保護を受けるには値しないというべきであって、結局のところ、民法九三条ただし書きの適用ないしは類推適用により、原告は、被告に対して本件貸金の返還を求めることは許されないものと解するのが相当である。

三  以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田昭彦)

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